7 月 06
★家光上洛の事情
1634年(寛永11年)7月徳川三代将軍家光は、それまでに確執のあった朝廷との 関係修復の目的で上洛しました。その際、多くの贈り物をして朝幕間の融和をはかりましたが、 家光には30万7000もの人数が供奉し、朝廷に将軍権力の強大さを見せつけもしました。 家光以降、幕末まで将軍の上洛はありませんでした。
★京では
町娘たちが家光の上洛を歓迎して七夕の夜、京中を踊りまわりました。 このときの歓迎の踊りが「小町踊り」と言われています。 「小町踊り」は江戸時代長く京の町で盛んに踊られました。
★江戸中期 元禄時代には
宮崎友禅斎の特色ある意匠と染めの技術が開花した京都で、 流行の友禅染の着物を着て「小町踊り」が踊られていました。
★宮崎友禅斎は
京都知恩院近くに住まい、初めは扇絵師として大いに人気を得ていましたが、 やがて扇の絵模様を小袖に取り入れ、防染糊や絞りの技術で染め分けたうえ、 さらに絵具で絵模様を描く独創的な方法を開拓しました。これが友禅染です。
友禅染はほぼ300年の後までも、きわめて芸術的な性格をしめしつつ、 世界一の文様染として注目され、現在も盛んに行われています。
参考文献
・日本全史 講談社
・原色日本服飾史 井筒雅風著 光琳社出版
・日本の女性風俗史 切畑 健編 紫江社文庫